報酬系による快楽的食欲調節は、空腹時よりも満腹時の食欲に影響を及ぼします。本稿では、近年明らかになってきた報酬系とGLP-1との関わりについて概説します。
はじめに
食欲に基づく摂食行動は、「恒常性調節」と「快楽的調節」という二つのシステムによって制御されています。本シリーズ第13回「リバウンドのメカニズムとポーションコントロール」および第22回「GLP-1受容体作動薬中止後のリバウンドの実態」では、体重調節の観点から、主として恒常性調節機構とグルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(GLP-1 receptor agonist:GLP-1RA)との関係について解説しました。本稿では、もう一方の摂食調節機構である快楽的調節に焦点を当て、近年明らかになってきた報酬系とGLP-1との関わりについて概説します。
摂食行動の快楽的調節機構(1)
摂食行動は、エネルギー恒常性を維持する恒常性システムと、食物の報酬価値や快楽を評価する報酬システム(快楽的調節)が相互に作用することで制御されています。恒常性システムは空腹や満腹などの生理的シグナルに応じて摂食量を調節する一方、報酬システムは高嗜好性食品への欲求や摂食への動機づけを担います。通常は両者の協調により適切な摂食行動が維持されますが、肥満や過食性障害ではこの均衡が破綻し、生理的な空腹とは無関係な過食が生じると考えられています。
報酬システムの中核を担うのは、中脳腹側被蓋野(ventral tegmental area:VTA)から側坐核(nucleus accumbens:NAc)へ投射する中脳辺縁系ドーパミン経路です(図、赤線)。この回路は、前頭前皮質(prefrontal cortex:PFC)、扁桃体、海馬などとネットワークを形成し(図、青線)、報酬価値の評価、動機づけ、意思決定、抑制制御、記憶、情動処理を統合しています。ドーパミンは「食べたい」という欲求(wanting)の形成に中心的な役割を果たし、内因性オピオイドが摂食時の快感(liking)に関与します(2)。両者が適切に統合されることで、生理的必要性に応じた摂食行動が維持されます。

しかし、肥満や過食性障害では、ドーパミンを介した報酬価値の過大評価により、高嗜好性食品への渇望が増強され、満腹であっても食物探索行動や過食が持続します。さらに、PFCによる抑制機能の低下が加わることで、衝動的な摂食行動が助長されます。過食性障害は単なる食欲亢進ではなく、報酬処理と認知制御の異常が複合した神経生物学的疾患と考えられています。 一方、恒常性システムは視床下部を中心に、レプチン、インスリン、GLP-1、ペプチドYY(PYY)、コレシストキニン(CCK)、グレリンなどの末梢シグナルを統合し、エネルギー状態に応じて摂食を調節します(3)。両システムは、視床下部と中脳辺縁系との双方向性ネットワークを介して連携しており、代謝シグナルは報酬価値や摂食への動機づけにも影響します。
GLP-1は恒常性システムと報酬システムの両方に関与する(1)
GLP-1は、恒常性システムと報酬システムを結び付ける代表的な腸脳シグナルです。GLP-1は食後に腸管L細胞から分泌されるほか、脳幹の孤束核(nucleus tractus solitarius:NTS)のニューロンでも産生されます。末梢由来のGLP-1シグナルは、迷走神経求心路や血液脳関門が不完全な最後野を介して中枢へ伝達されます(図、黄線)。また、中枢性GLP-1ニューロンは視床下部だけでなく、VTA、NAc、扁桃体、PFCなどの脳領域へ投射します(図、緑線)。この解剖学的特徴は、GLP-1が満腹シグナルに加え、報酬回路を調節する因子であることを示しています。
GLP-1受容体(GLP-1R)はVTA、NAc、PFCなどの報酬関連領域に発現しており、その活性化はドーパミン神経活動を抑制し、NAcにおけるドーパミン放出を低下させます。その結果、高嗜好性食品の報酬価値が減弱し、食物への渇望や食物探索行動が抑制されます。すなわち、GLP-1は空腹感を軽減するだけでなく、「食べたい」という動機づけそのものにも作用すると考えられます。
さらに、GLP-1はPFCを含む認知制御ネットワークにも作用する可能性があります。PFCは衝動性の抑制や意思決定を担い、過食性障害ではその機能低下が報告されています。GLP-1による報酬回路の調節は、過剰なドーパミンシグナルを是正するとともに、認知制御機能を介して衝動的な摂食行動を抑制する可能性が示唆されています。
こうした知見を背景に、GLP-1RAは視床下部における満腹感を促進するだけでなく、報酬回路を修飾する治療薬としても注目されています。セマグルチドなどのGLP-1RAが、VTAやNAcにおけるドーパミンシグナルに影響し、高嗜好性食品への欲求を低下させることが示唆されており、臨床研究によっても、過食エピソード数、食物渇望、摂食障害評価尺度の改善が報告されています(1)。
このように、GLP-1はエネルギー恒常性を調節すると同時に、中脳辺縁系報酬回路にも作用します。GLP-1RAは恒常性システムへの作用に加え、報酬価値や摂食への動機づけの異常を是正することで、過食の神経生物学的基盤へ介入できる可能性があります。この作用機序は、従来の体重減少を主目的とした薬物療法とは異なる特徴であり、これにより、過食性障害をはじめとする摂食障害への応用も期待されています。
GLP-1RAの不適切な適応外使用の危険性
近年、美容、痩身、ダイエットのみを目的としたGLP-1RAの不適切な適応外使用が社会問題となっています。2型糖尿病や肥満症の治療では、GLP-1RAは機能不全に陥った摂食調節機構を是正し、適切なエネルギー摂取を支援します。したがって、医学的適応を十分に評価せず、摂食調節機構が正常に機能している人へ使用することは、生理的な中枢神経活動を過度に抑制するおそれがあります。
また、ダイエット目的での使用では、膵炎、腸閉塞、胃不全麻痺などの重篤な有害事象のリスク増加が報告されており(4)、医学的管理を伴わない使用によって、飢餓状態や正常血糖ケトアシドーシスを来した症例も報告されています(5)。さらに、適応外使用による自費診療では、健康被害が生じても公的な医薬品副作用被害救済制度の対象とはなりません。したがって、薬剤の利益とリスクを理解し、適応のある患者に医学的管理下で使用することが重要です。
まとめ
報酬系は、「エネルギーが不足しているか」ではなく、「その食物にどの程度の価値があるか」を評価するシステムです。これが視床下部の恒常性システムや大脳皮質の認知制御機構と統合され、最終的な摂食行動が決定されます。肥満や過食性障害は、この「報酬・恒常性・認知」からなる統合ネットワークの機能不全として捉えることができます。
GLP-1RAの中枢作用は、満腹感を増強するだけでなく、中脳辺縁系ドーパミン回路を介して食物の報酬価値や摂食への動機づけを低下させる点に特徴があります。
肥満症治療の基本が食事療法であることに異論はありません。しかし、その効果を長期的に維持するためには、摂食行動そのものを適切に制御することが不可欠です。GLP-1RAを適正に使用することで、摂食調節機構の機能を改善し、食事療法の継続と肥満症の長期管理を支援できる可能性が期待されます。
引用文献
1. Tongta S, Sungkaworn T, Pathomthongtaweechai N. Neurobiological Mechanisms and Therapeutic Potential of Glucagon-like Peptide-1 Receptor Agonists in Binge Eating Disorder: A Narrative Review. Int J Mol Sci. 2025;26(22):10974.
2. Berridge KC. Food reward: brain substrates of wanting and liking. Neurosci Biobehav Rev. 1996;20(1):1-25.
3. 福本真也. 患者に伝わるポーションコントロール 1:1:1弁当箱栄養管理法のススメ(第6回) 減量後のリバウンドとポーションコントロール. Nutrition Care. 2025;18(10):982-5.
4. Sodhi M, Rezaeianzadeh R, Kezouh A, Etminan M. Risk of Gastrointestinal Adverse Events Associated With Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonists for Weight Loss. Jama. 2023;330(18):1795-7.
5. Kemmotsu R, Okita T, Koike N, Inui R, Tabuchi Y, Yasuda T. Ketoacidosis associated with tirzepatide use in a nonobese individual without diabetes. JCEM Case Rep. 2026;4(4):luag054.

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