過食のメカニズムとポーションコントロール

111弁当箱法

肥満者では食行動の制御が早期から破綻しており、それが過食につながっています。食欲や食行動を調節しているメカニズムと過食の原因、そしてそこにポーションコントロールがどのように関係しうるのかについて説明します。(2024年6月18日投稿)

肥満者の過食のメカニズム

 人間の摂食行動は、食欲と摂食規範によってコントロールされています(図1)。食欲によるコントロールについては、快楽的調節と恒常性調節といった2種類の異なる調節系があることが知られています。快楽的調節は、脳内報酬系回路が中心的な役割を担った摂食調節であり、美味しい物を食べた時に幸福感を感じたり、満腹な状態でも美味しいものを見ると食べてしまう「別腹」や、記憶に紐づいた摂食行動等に関係します。恒常性調節は、飢餓等の生体エネルギー状態の過不足に応じたシグナルによる摂食調節で、この機構によって空腹感や満腹感が生じます。この2つの脳内調節機構がそれぞれにあるいは共同して、食欲に基づく摂食行動を制御していると考えられています。

 もう少し詳しく説明すると、恒常性調節では、図2に示すように視床下部の弓状核に食欲の抑制と促進を担うそれぞれのニューロンが存在し、それらのシグナルが統合されて、摂食行動が調節されますが、このような中枢のシグナルだけでなく、食事に関連して末梢組織から分泌されるホルモンやペプチド、胃や腸といった臓器から後脳に伝わった求心性迷走神経シグナル等が視床下部で統合され、摂食行動や胃内容物の排出、代謝率を調節して、エネルギーの貯蓄状態を調節しているのです(Science 2005;307(5717):1909-14)。

 視床下部に働くホルモン・ペプチドとして、脂肪細胞由来ホルモンのレプチンや食事により膵臓から分泌されるインスリン、食欲を抑制する消化管由来のペプチドYY (PYY)、膵ポリペプチド (PP)、グルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1) や、食欲を亢進するグレリン等が知られていますが、この中でGPL-1受容体作動薬・GLP-1/GIP受容体作動薬は近年、糖尿病治療薬や抗肥満薬として実用化されています。

 肥満者では、慢性的な高脂肪食や飽和脂肪酸の増加によって引き起こされた視床下部の炎症反応や、神経細胞の活性化の変化等によって、レプチンやインスリン等のシグナルが伝わり難くなり(感受性低下あるいは抵抗性という)、恒常性調節機構による摂食抑制が早期から破綻していると考えられています(Front Endocrinol (Lausanne) 2015:6:109)。これが肥満者での過食の主要原因となっています。

 このように、主に動物実験の結果から、食欲の調節機構のみが摂食と過食を理解するための枠組みとして論じられることが多いのですが、人ではこれ以外に摂食規範が摂食行動に強く影響を及ぼすことが知られています。そして、この摂食規範は学習、強化、修正できることから、破綻した食欲による摂食調節を補う手段の1つとして期待されます。

摂食規範とポーションコントロール

 食事摂取の規範的コントロールは、食べ過ぎを避けたいという動機に基づくものです。ダイエットを行う人は、多かれ少なかれ自分自身に制限的な摂食規範を課していますが、しばしばその規範に違反しています。この摂食規範には「個人的規範」と「状況規範」があります。「個人的規範」は、ある状況下でどれくらいの量を食べるのが適切かを判断するために、個人的に決めたルールです。「状況規範」は、食事の状況そのものから導かれるもので、例えば、ポーションサイズや社会的影響などがあり、これらは摂取量に強力な影響を及ぼすことが知られています(Physiology & Behavior 2005;86(5):762-772)。

 肥満者では生理的コントロール(満腹感)が破綻して信頼できないため、摂食規範がなければ、いつ食べるのをやめればいいのかわからなくなります。また、本物の満腹感が感じられる頃には、もう手遅れ(食べ過ぎている)だということは誰もが経験があると思いますが、それを制御する手がかりが摂食規範になります。「状況規範」は、食事の状況そのものから推測される適切さの規範をいい、不適切に大量に食べることなく食べられる量を推測する手がかりを与えてくれます。食事の状況の代表例として、「ポーションサイズ(1人前)」があります。レストラン等で料理が出されると、その分量が食べるべき最適量であると疑い無く受け入れ、本当は自分にとって多くても少なくても、提供された分のみを全て食べ終えてしまうことがそれにあたります。第二の例として「社会的影響」があります。親しくない同伴者の前や高級レストランで食事する際に、おかわりをすると節操のない食べ過ぎと思われるため、おかわりをしないことが多いですが、食べ放題のビュッフェではおかわりをすること自体が通常行為であるため、食べ過ぎてしまうといった状況を生み出します。また、気弱な人が同伴者と食事に行った時、自分の摂取量を同伴者のそれに合わせる傾向が出現する場合も社会的影響にあたります。

 こういった摂食規範の内、状況規範であるポーションサイズを用いて、その最適量を提示、あるいは学習させる食事療法(ポーションコントロール)が古くより行われており、それを実践するために世界中で多くのポーションコントロールツールが使われています。

ポーションコントロールツール

 ポーションコントロールツールには少なくとも3つの原理が応用されていると考えられます。ユニットバイアス現象と、視覚的効果のDelboeuf illusion(デルブーフ錯視)、規範的手掛かりの想起です。

1)ユニットバイアス現象とは、一つにまとまった食事の最小単位(unit)を適切な分量と安易に認識してしまうことをいい、そのためunit毎に食事を終了する傾向が見られます。ポーションコントロールの根拠となる現象です。例えば、机にリンゴが丸ごと56個おいていれば、その内の1個だけを食べる人は多いですが、1個+1/3個を食べて2/3個を残す人は少ないのではないでしょうか。実際の食事で言えば提供された1皿分が1unitと認識されるため、皿の大きさを小さくして料理の量が少なくなっても、それ以上に食べることはせず、摂食量が抑制されることが、小児でも成人でも報告されています(J Pediatr 2014;164:323-6, Journal of Experimental Psychology 2013;19:320–332)。しかし、注意が必要なのは、人は大きなunitを許容しやすいが、小さいunitには容易に許容しがたくなることです。1unitが小さすぎるとそれを1ポーション(1人前)とは捉えず、この現象は破綻し、何回もお代わりすることになります。お皿にブドウを1粒だけ置かれても、それを1人前として納得する人はいないということです。そのため、おおよそ適切な量のunitの提示が必要になります。

2)デルブーフ錯視は、プレートタイプのポーションコントロールツールで使われます。同じ大きさの料理でも大きな皿に盛ると実際よりも小さく見え、小さい皿に盛ると料理が大きく見えるという錯覚現象のことです(図3)。これをビュッフェで使った臨床試験では、客は大きい皿を使うと実際よりも少なく見積もるために、最終的に多く食べてしまい、逆に小さい皿では料理の見積もり量が実際よりも多くなるため、食事摂取量は少なくなることが報告されています(Journal of Experimental Psychology 2013;19:320–332. BMC Obesity 2017;4:30)。視覚的な錯覚を利用して小さなunitを達成しやすくするために使われます。

3)規範的手がかりの想起による抑制効果も重要です。食直前に過去あるいは将来の食事を想起することが、今から食べる食事の規範的手掛かりとして働き、食事量に抑制的効果をもたらすことが示されています(Appetite 2016;101:31-36. Japanese Journal of Applied Psychology 2023;49:99-109)。例えば、映画に夢中になって手元のポップコーンを意識しないで食べていると、気づけば大きなカップに入った2人分のポップコーンを食べ終えてしまっているというのと表裏の関係になります。自分の適切な食事を意識させるポーションコントロールツールには、これから食べる食事への規範想起の役割があります。

 ポーションコントロールツールは、単に適切な食事量を準備するという目的だけでなく、上記のような原理を用いて、無意識下に摂食行動をコントロールするように工夫されたものと言えます。

 世界中で様々なポーションコントロールツールが使われていますが、全てが有効というわけでは無さそうです。次回では、ポーションコントロールツールの種類と、臨床試験で示されたエビデンスについて解説したいと思います。

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