111弁当箱法の炭水化物率が50-60%である理由

111弁当箱法

111弁当箱法では、3大栄養素の中でエネルギー源として重要な炭水化物の比率が、全エネルギー量の50-60%となるように設定しています。今回は、この設定の根拠について説明したいと思います。(2024年4月22日記載)

日本での炭水化物量の推奨状況

ごく最近まで日本の炭水化物摂取基準には特段の科学的根拠はなく、2010年版「日本人の食摂取基準では、炭水化物率を総エネルギー量の50-70%(%E)とし、2015年度版「日本人の食事摂取基準」では、摂取根拠や基準のあるたんぱく質と脂質を決めた後の残余として50-65%Eと設定されていました。しかし、近年になって炭水化物摂取に関する研究報告も増え、特に炭水化物摂取量と総死亡率との関連を検討した報告(ARIC study)において、炭水化物摂取量が50〜55%Eの集団で最も低い総死亡率が観察されたことから(同時に55-65%Eの集団でもその効果が近似)、2020年度版「日本人の食事摂取基準」では、初めて炭水化物独自の根拠をもって「50〜65%E」が示されるようになりました。

糖尿病の食事療法では、2024年現在まで、日本人の平均的な食事におけるエネルギー産生栄養素比率を参考に摂取エネルギー量の50-60%Eを炭水化物で摂ることを1つの目安としており、摂取エネルギー量を制限せずに炭水化物のみを極端に制限する低炭水化物食は勧められていません。

低炭水化物食、高炭水化物食の定義

そもそも、諸外国における炭水化物摂取量は、食習慣や民族性を反映して平均炭水化物摂取量には41~62%Eと大きな差があるため(日本調理科学会誌 2020;53(5):365-367)、低炭水化物食や高炭水化物食の捉え方が違っているようです。そのためか、各国、各研究者によって低炭水化物食や高炭水化物食の定義は必ずしも一致せず、極端な例を言えば、高炭水化物食といっても「70%E以上」と定義する研究者もいれば、「45%E以上」と定義されていることもあるため、研究報告の解釈に誤解が生じ、混乱が生じることがあります。このように、炭水化物に関する研究報告を解釈する場合に、まず定義を一致させておく必要があります。

低炭水化物食や高炭水化物食の定義が一貫していない問題点を指摘したレビューの中で以下の定義が提案されています。比較的多くの研究で採用され、日本の食事摂取基準と照らしても理解しやすいので紹介しますDiabetes Care 2012;35(2):434–445

  • very-low-carbohydrate diet(超低炭水化物食): 炭水化物量21–70 g/日
  • moderately low–carbohydrate diet(適度な低炭水化物食): 炭水化物率30-40%E
  • moderate-carbohydrate diet(適度な炭水化物量): 炭水化物率40–65%E
  • high-carbohydrate diet(高炭水化物食): 炭水化物率 >65%E

低炭水化物ダイエットとして有名なアトキンス食やケトジェニック食は超低炭水化物食に含まれます(導入期は20g/日未満となり、更に過酷なものとなります)。その他、炭水化物を量で定義した場合(炭水化物率%Eによる定義とは必ずしも一致しないが)、米国の推奨食事摂取量を基に、炭水化物摂取量130g/日未満を低炭水化物食としているものもよく見られますDiabetes Care 2006;29(9):2140–2157、バーンスタイン博士の糖尿病の解決)

適正な炭水化物摂取量に関するエビデンス

適切な炭水化物摂取量に関する研究成果は、主に低炭水化物食の効果に関する研究によって牽引されてきたと言って過言ではありません。

低炭水化物食は医療用食事療法としてよりも、ダイエット法として世間に浸透した印象がありますが、その歴史は古く、糖尿病の食事療法として1797年の記録が残っており(JCI 2021;131:e142246)、1921年にはアメリ力のWilderによっててんかんの治療食としてのケトジェニック食が提唱されています。1972年に減量のためのアトキンス・ダイエット(Dr. Atkins’ Diet Revolution)が発表され、1990年代に入ってイギリスやアメリカで大流行します。信頼できる研究はまだまだ報告されていませんでしたが、2002年以降に科学的な検証が増えはじめ、肥満者への減量目的の食事療法としてAtoZ studyやDIRECT studyといった信頼性の高い論文が2007年以降に報告され始めます。糖尿病治療用や肥満治療用食事療法として、その後論文報告数は著明に増加しますが、2020年をピークに最近は論文報告数も減少傾向にあり、低炭水化物食についての意義やデメリットの概要が分かり始めたことから、議論も最近は少し落ち着いてきた感があります。現在、低炭水化物食研究は既に次のフェーズに移っており、炭水化物の量ではなく、炭水化物の代替栄養素の内容や炭水化物自体の質にフォーカスが当てられています。

炭水化物量のエビデンスに関するレビューは多くの人が書いているので、ここでは、代表的な研究成果と最近新しく追加された論文を紹介します。

低炭水化物食

一般集団におけるダイエット効果やメタボリック症候群に対する影響

a) 炭水化物食品にだけ注目したダイエットで、従来のエネルギー制限を基にしたダイエット法よりも簡単で大きな減量効果がある

AtoZ study(JAMA. 2007;297:969-977)、DIRECT study(N Engl J Med. 2008; 359: 229-41)、Obesity Reviews 2016;17:499–509 

b) 超低炭水化物食での減量メカニズムは、エネルギー制限と同じ

炭水化物を制限するのに伴う無意識のエネルギー制限(炭水化物を含む食材を極端に減らしていくと食べるものが段々無くなってくる)がその機序であることが、初期のAtoZ studyやDIRECT studyで既に指摘されており、その後のDiet Intervention Examining The Factors Interacting with Treatment Success(DIETFITS)試験およびメタ解析でも、低脂肪食と比較してエネルギー制限以外の追加的な有益性は無いとされています(JAMA2018;319:667-79, JAMA2014;312:923-33)

c) 超低炭水化物食は過酷な食事療法であるため、長期間継続することが難しい

離脱率も高く、6カ月間の臨床研究では有効性を示すものの、1年間の臨床研究では有意な効果を示さなくなる(PLoS ONE 2014; 9(7): e100652、Arch Intern Med. 2006;166:285-293)

d) 高齢者でサルコペニアにつながる可能性(デメリット)

エネルギー制限が同じなら低脂質食の方が脂肪組織の減少効果が強く、低炭水化物食では筋肉量の減少が大きいことが報告されているため(Cell Metab. 2015; 22(3): 427–436)、サルコペニアに陥りやすい高齢者では注意が必要と考えられるが、サルコペニアをアウトカムとした臨床試験のエビデンスは未だ無く、今後の課題です

e) メタボリック症候群をきたしやすい可能性(デメリット)

横断研究ではあるが、大規模なアメリカの全国健康栄養調査(NHANES)での解析にて、低炭水化物食では、むしろメタボリック症候群になりやすく、特に代替栄養素として総脂肪や脂肪酸の摂取量が多いほどその傾向が強くなることが示されています(J Acad Nutr Diet. 2023;123:1022-1032.e13)。想定内の結果といえますが、今後の縦断研究での検討・確認が必要です。

f) 炭水化物で減ったエネルギーを植物由来食品で置換した場合は減量効果が長期間持続するが、動物由来食品で置換された場合は、体重は増加に転じやすい

長期間(数年間)の体重に対する影響を検討した大規模前向きコホート研究にて示された結果です(JAMA Netw Open. 2023;7:e240829)。他の研究成果と一致して、炭水化物が減った後の代替として動物由来食品が増えると様々なデメリットが生じることが示されています。

一般集団の死亡リスクについて

低炭水化物食では死亡リスクが増加する可能性がある

以前より低炭水化物食の集団では(特に動物性たんぱく質で代替されると)死亡リスクが増加することが示唆されていたが(J Intern Med 2007;261:366–374, PLoS ONE 8(1):e55030.2013)、近年に更に信頼度の高いコホート研究の結果で炭水化物率が低下するほど死亡リスクが高くなることが報告されている。

a) 米国の政策的疫学研究であるARIC研究およびそれに付随するメタ解析から、炭水化物摂取量が50〜55%Eで最も低い総死亡率と最も長い平均期待余命が観察され、それよりも炭水化物率が多くても低くても死亡リスクが増加するU字型の関連が示された。更に、従来の結果と一致して、炭水化物を動物性ではなく植物性のタンパク質や脂肪に置き換えることが死亡率の低下と関連することも示唆されている(Lancet Public Health 2018;3:e419–e428)。

b) 日本多施設共同コホート研究(J-MICC研究)でも、男性では、炭水化物50-55%Eと比べ、40%E未満摂取で全死亡リスクが増加、45-50%Eの軽度摂取低下でも心血管疾患による死亡リスク増加。脂質摂取増加(35%以上)はがん死亡リスクが増加。女性では、65%E以上の摂取増加で全死亡リスク増加。45-50%Eと少ないか、60%E以上の摂取過多で心血管疾患による死亡リスクが増加し、脂質は摂取が多いほど死亡リスク低下することが示されている(J Nutr. 2023;153:2352-2368)

低炭水化物食では死亡リスクが増加しなかったとする報告もある

a) 炭水化物摂取と総死亡リスクの関係を検討したイギリスのUK bankコホートでの検討では、総炭水化物率と全死亡リスクは、炭水化物率50%E以上では有意に正の相関を示したが、50%E未満では有意な関連性を認めず、ARIC studyで示されたU字型の関連はなかったとしている(BMJ 2020;368:m688)

ただし、この研究には複数の問題点が指摘されている。その中で最も重要な問題点として、選択バイアスと炭水化物率に関するサンプルの偏り(低炭水化物食のサンプルが少ない)が指摘されている。ARIC studyでは十分に低い炭水化物率までサンプル数が保たれているが、UK bankコホートでは、低炭水化物領域のサンプル数が非常に少ないため、低炭水化物領域についての検討では統計的検出力の不足が疑われる。ARIC studyでの全体の炭水化物率は48.9±9.4%E(平均±SD)であり、95%のサンプルが30.5-67.3%Eの範囲にあるのに対して、UK bankコホートでは全体の炭水化物率は49.63±7.00%Eであり、95%のサンプルが35.9-63.4%Eの範囲にある。UK bankコホートにおける低炭水化物食に関する検討結果については慎重に解釈する必要がある(図)。

糖尿病治療について

2型糖尿病の血糖管理に対して適度な低炭水化物食は短期的には有効である

糖尿病管理については、炭水化物の摂取量を全体的に減らすことが推奨されているDiabetes Care 2020;43(Suppl. 1):S48–S65

2017年のメタ解析では、炭水化物率が低いほどHbA1cが大きく低下するものの、その効果は12ヵ月後には消失し、3~6ヵ月しか続かないことが示されている(BMJ Open Diabetes Res Care 2017;5:e000354)。2型糖尿病の寛解に対する低炭水化物食の有効性を検討した2021年のシステミックレビューとメタ解析では、低炭水化物食を厳守すれば6ヵ月時に有意に糖尿病状態が改善(寛解)することが示されている。また、体重、トリグリセリド、インスリン感受性に関しても6ヵ月時は低炭水化物食群で改善が見られたが、12ヵ月後にはその効果が消失したことも示された。更に、炭水化物率が低いほど食事療法の厳守率が低いことも示されており、低炭水化物食は厳守できれば糖尿病状態の改善に有効であるが、長く続けるのが難しいことが示されている(BMJ, 2021;372:m4743)

1型糖尿病への適応については情報が不十分であり推奨されていない

1型糖尿病における低炭水化物食の特別な懸念は低血糖とケトアシドーシスのリスクに関するものであり、一般的な懸念には心血管系のリスク、栄養素の欠乏、小児の成長不良などが含まれる。

1型糖尿病患者において、低炭水化物食が血糖コントロールに及ぼす影響を検討した信頼できる研究はほとんどない。最近、適度な低炭水化物食が1型糖尿病患者の血糖管理に対して有効かつ安全であることが多施設共同無作為化クロスオーバー試験で示されたが(Lancet Reg Health Eur. 2023;37:100799)、短期間(低炭水化物食期間は4週間)での検討であり、有効性と安全性に関する検討は未だ不十分と言わざるを得ない。

1型糖尿病に対する低炭水化物食の有効性と安全性に関するエビデンスは乏しく、ケトアシドーシスや重症低血糖のリスクが高まる可能性があるため、低炭水化物食は1型糖尿病患者に対する食事ガイドラインではまだ推奨されていない。

2型糖尿病患者の死亡リスクについて

適度な低炭水化物食は2型糖尿病患者の死亡リスクを低減するかもしれない

2つの前向きコホートを合わせた大規模コホートを用いて2型糖尿病における炭水化物量や食事の質と死亡リスクとの関係について調べた研究が報告されている。炭水化物量(正確にはスコア化数値)の多寡によって、対象者が5つのグループ(五分位)に分けられ、最も炭水化物の多いグループ(第1五分位:総炭水化物率は平均59.5%E)と比べ、最も少ないグループ(第5五分位:38.7%E)で全死亡リスクが低いことが示されている。ただし、全死亡リスクはその中間の第3五分位のグループ(推定50%E前後)で既に十分なリスク低下があり、「適度な低炭水化物食」のレベルまでその効果が持続することが示されている。また、食事の質についても、糖尿病集団と一般集団において、炭水化物の代替栄養素として植物性脂肪/タンパク質を摂取しているグループで死亡リスク低減効果がより強調され、動物性脂質/タンパク質を摂取するグループでは死亡リスク低減効果が消失するだけでなく逆に死亡リスクが増加することが示されている。Diabetes Care 2023;46:874884

ただし、この研究結果の解釈には注意を要する。この研究では、血糖コントロール状態や治療内容についての記載がないため、2型糖尿病における糖質制限の直接的な影響については依然として不明なままです。なぜなら、炭水化物制限が維持された群では、血糖状態が良好であったことが十分予想されるため、良好な血糖状態の維持が死亡リスクの低下の直接的要因であった可能性があります。また、血糖降下薬の種類によっては糖尿病の合併症や死亡リスクに影響することがよく知られていますが、本研究では血糖降下薬の内容についても言及されておらず、例えば血糖コントロールが困難であることが予想される高炭水化物摂取下ではSU剤やインスリン製剤といった死亡リスクを増加させる血糖降下薬が処方されている可能性が高いことを考慮すると、血糖降下薬の処方内容による影響も考えられます。

しかし、上記の条件はいずれも低炭水化物食によってもたらされる変化であるため、全てを包括した効果として、適度な低炭水化物食が2型糖尿病患者の死亡リスクを低減すると言えるのかもしれません。今後更に情報が集積し、詳細な機序が解明されることが期待されます。

高炭水化物食

死亡リスクだけでなく、肥満や心血管リスクも高い

a) 包括的レビューにて、高炭水化物食は、体重増加、異所性脂肪沈着、心血管疾患のリクス増加と関連することが示されている(BMJ, 2023;381:e071609)

b) 日本の動脈硬化疾患に関するコホート研究であるNINIPPON DATA 80にて日本人9200人を29年間追跡した結果として、摂取総エネルギーの51.1%を糖質で摂取しているグループは、摂取総エネルギーの72.2%を糖質で摂取しているグループと比べて、女性において心血管死のリスクが59%、総死亡のリスクが79%と低いことが報告されている(Br J Nutr. 2014;112:916–924)

c) 多国籍コホート研究 (PURE cohort study)にて、炭水化物率60%E以上で死亡リスクが増加することが示されている(Lancet 2017;390(10107):2050-2062)

まとめ

以上より適正な炭水化物率についてまとめると

  • 一般集団においても糖尿病集団においても炭水化物率60%E以上の高炭水化物食は避けるべきであることに間違いはなさそうである
  • 一般集団においては、短期的な体重減少効果として超低炭水化物食にメリットがあるかもしれないが、長期的な死亡リスク増加やサルコペニアの発症リスク等のデメリットを考慮すると、そういったリスクが最も低い炭水化物率50-55%Eが勧められる
  • 2型糖尿病については、適度な低炭水化物食が血糖管理や死亡リスクの低減に寄与する可能性はあるが、まだ十分に検討されているとは言えず、現時点では炭水化物率50-55%Eが妥当であり、個別化対応として適度な低炭水化物率30-40%Eにもメリットがある可能性が示されたと考えるのが良い
  • 2型糖尿病の血糖管理に対して低炭水化物食は短期的に有効であることが示されているが、炭水化物率が低いほど継続できなくなる
  • 1型糖尿病については、低炭水化物食の効果と安全性について十分に検討されているとは言えず、適度な炭水化物率として40–65%Eが妥当と考えられる

これらの理由から、111弁当箱法では、多くの人にメリットのある炭水化物率として50-60%Eを採用しています

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